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フランス ブルゴーニュ
ドメーヌ・ギヨ・ブルー
「全ての命は繋がっている」
50年以上もの間、有機栽培を守り続ける家族が造りだすピュアなワイン
- Le Bourg 71260 Cruzille, France
設立以前から有機栽培を実践し続ける家族経営のドメーヌ
写真:クリュジーユに位置する
ドメーヌ・ギヨ・ブルーの歴史は、現オーナーであるギヨ三兄弟の父、故ジャン・ジェラルド氏が実家でブドウ栽培と醸造を学んだことから始まります。彼は数年をボージョレのブルイィや、コート・ド・ボーヌのムルソーで過ごし、伝統的な醸造スキルを身につけていきました。そして1978年、地元クリュジーユに戻り、わずか1ヘクタールあまりの畑で自身のドメーヌ、ドメーヌ・ギヨ・ブルーを立ち上げました。
1991年、長男ルドヴィックと次男パトリスがワイナリーに参加。1999年には三男のエマニュエルも参加し、2004年に父ジャン・ジェラルドは引退となります。現在は息子たち3兄弟によってドメーヌが運営されています。
現在の所有畑はおよそ17ha。そのおよそ8割がフィロキセラの時代からそのまま放置され、ドメーヌが購入後新たに植樹し直したもの。当初から有機栽培を実践し続けており、実に50年以上もの間、自然と向き合い続けている造り手です。
ギヨ3兄弟 長男リュドヴィック・ギヨ氏
Ludovic (リュドヴィック・長男)・・・長男であるリュドヴィック・ギヨ氏はボーヌの醸造学校にて醸造技術を学びました。その後南仏のバンドールにあるシャトー・プラドーにて研修を積み、1991年にワイナリーに加わりました。
ギヨ3兄弟 次男パトリス・ギヨ氏
Patrice (パトリス・次男)・・・次男にあたるパトリス・ギヨ氏。タン・エルミタージュにある料理とワインの専門学校を卒業。その後ボーヌにある醸造専門学校にて醸造学を修め、1991年に長男と共にワイナリーに加わりました。
ギヨ3兄弟 三男エマニュエル・ギヨ氏
Emannuel (エマニュエル・三男)・・・三男にあたるエマニュエル・ギヨ氏は、カルカッソンヌにある商業学校を卒業。その後リヴザルトにて研修を受けた後、パリにあるギャラリー・ラファイエットにてソムリエとして活躍します。その後ロンドンに移住し、ロルトラン(2つ星レストラン)のソムリエを経て、さらにジャン・ルイ・トラペ(ジュヴレ・シャンベルタン)にて経験を積み、1999年にワイナリーに加わりました。
素晴らしいワインはセラーではなく、「樹」から産まれる
写真:有機栽培のパイオニア
全ての命は繋がっている
設立当初から有機栽培を実践し続けてきたドメーヌ・ギヨ・ブルー。ビオロジック(1991年よりオーガニック認証)とビオディナミ(認証なし)をブルゴーニュでも最も早い段階から採用しています。
彼らにとって有機農法によるワイン造りはビジネスではなく、生き方そのもの。大地、人、そしてワインに敬意を表している現れと言えます。従来行われてきた化学的な農薬を使用する農法を拒絶し、全てにおいて自然な方法で栽培を行っています。
「私たちは祖先から畑を継承しているのではありません。私たちは子孫から借りているのです」という言葉が、彼らの信念を端的に表しています。
ビオロジック&ビオディナミを実践
写真:生命力にあふれたブドウ
ドメーヌが所有している畑は総じて健全で、周りを森と全く使われていない状態の空き地に守られています。そのため本来の自然に近い環境が維持されているためビオロジック農法を実践するのに非常に向いています。
ドメーヌは設立以前からビオロジック農法を実践していました。幸運なことに、彼らの所有する80%のブドウ畑は殺虫剤と除草剤に侵されていない土壌です。毎年2月から7月の間には地中の微生物の動きを活発化させる時期。冬の間は雑草等をそのまま放置して土質の低下を防ぎ、冬の間も常に土壌が活動している状態を保つようにしています。この期間中人工的な耕作は一切行いません。春になると株の根元の通気性を良くし、カビや病気にかからぬよう、樹を支柱にくくりつける作業を開始します。
全てのブドウ畑は1ヘクタールあたり1万本の高い株密度になっており、セレクション・マッサールを実践。シャルドネは単一ギュイヨ方式、ガメイ&ピノ・ノワールはコルドン式での植樹となっています。ブドウの樹は収穫量を自然に制限するため、短めに剪定され、グリーン・ハーベストは行いません。
また、2013年から本格的にビオディナミ農法を導入。さらなる品質向上を目指しています。
見捨てられていた古きワイン産地「クリュジーユ」の復権
ドメーヌが位置している「クリュジーユ」という土地は、ワインととても密接な関係にありました。その歴史は古く、910年頃からクリュニーの修道院の支配下に置かれたブドウ畑が存在していたという記録が残っているほど。ただその後、1789年に起こったフランス革命によって破壊され、さらに繰り返される戦争とフィロキセラ被害によってブドウ畑は放置されてしまい、その後の畑の価値は無いに等しい状態でした。
しかし1978年に地元クリュジーユで設立されたドメーヌ・ギヨ・ブルーの活躍により、もう一度その産地としてのポテンシャルが見直されています。
ジュラ紀バトニアン期の粘土石灰質土壌
クリュジーユにおける土壌の性質は、特にミネラルの風味に顕著に見られます。また、比較的熟成に長い時間を要するワインとなることも忘れられません。
ドメーヌが所有する「コンベット」「ジュヌヴリエール」の畑はともに粘土石灰質土壌。コート・ド・ボーヌと同じく、ジュラ紀バトニアン期のものです。土壌は深く、石が含まれています。
その他の区画となる「ボーモン」「ミヨット」「マコン・クリュジーユ」の土壌もバトニアン期の粘土石灰質土壌です。粘土・石ともに「コンベット」よりも多くなりますが、それほど深い土壌ではありません。「ペリエール」は石灰質の上に粘土石灰質が載っている土壌で、非常に石が多いのが特徴的な畑です。
祝祭の収穫作業
各区画におけるブドウの完熟度をチェックしてから収穫を行います。収穫の日の目安としては、ユリの花の開花時期から約100日間たった時期と彼らは言います。収穫は全て手摘みで行われ、約40名の人手を必要とします。手摘みすることにより、健康的でもっとも成熟したブドウを摘むことができるうえ、ブドウの樹、果実、そして土壌に与えるストレスを最小限に抑えることができます。収穫されたブドウは選果台で傷ついたブドウを取り除く作業が行われたあと、小さなカゴで慎重に運ばれ区画毎に醸造されます。
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